先日、ある番組がNHK BSプレミアムにて放送された。
その名も「魔改造の夜」。
この番組、宣伝を見た時点で絶対に見ようと決めていた。
そして実際に見届けて、死ぬほど面白かった。
だからみんなに紹介したいと思う。
受信料の問題等でNHKにいいイメージを持たない人も多いかもしれない。
しかし面白い番組もたくさんある。
BSプレミアムは特に、一風変わった番組が多く筆者は大好きだ。
その一端を、知っていただければ。
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「魔改造の夜」とは
以下は、公式ページからの引用。
皆さんは、「魔改造」という言葉をご存じでしょうか。
“日常使用の家電”や“子どものおもちゃ”にあり得ない改造を施し、えげつないパワーを放つモンスターマシーンに作り替えることをいいます。6月19日(金)、26日(金)に放送されるこの番組では、エンジニアたちがその魔改造に挑戦! おのおのが本気で考え抜いた技術をガチンコ勝負させるエンターテインメント番組です!
果たして番組では、どんなモンスターが誕生してしまうのでしょうか……?
本来使われる魔改造とは若干ニュアンスが異なる部分もあるが、本番組ではこのように魔改造という言葉を定義して進行されていく。
今回は、二つの競技が行われた。
いずれも日常で見かけたことのある身近なものがテーマとなっている。
一つ目は、「トースター高飛び」。
トースター、皆さんもご存じだろう。
このように、パンが焼き上がると上に小さく飛ぶタイプ。
これを魔改造を施し、より高く飛ばすという競技。
二つ目が「ワンちゃん25m走」
自走するワンちゃんのおもちゃに改造を施し、25mを最速で駆け抜ける。
まず発想が狂っている競技だが、開発側はもっと狂っていた。
どんな様相を呈したのか、それぞれ詳しくご覧いただきたい。
参加した者たち
ここで競技の詳細の前に、この競技たちに挑んだ偉大な技術者たちをご紹介したい。
参加したのは3チーム。
いずれも日本を代表する集団であった。
①東京大学
番組内ではT大と称された、日本最高の大学の一つ、東京大学。
キーマンは偏差値90という人知を超えようとしている男、李昌。
学生という自由な発想、立場を生かして挑む。
②浜野製作所
町工場の代表格。番組内呼称はH野製作所。
圧倒的に精密な技術、そして何度でも試行を繰り返す町工場魂。
社長自ら積極的に若手に課題を与え、助ける姿はまさしくチーム。
「リアル下町ロケット」と番組内で表された職人集団が、意地を見せつけるか。
③TOYOTA
番組内呼称は「T社」。
世界にその名を轟かせる超大企業。
今回はその中でもロボット事業の関係者を中心としたものづくりの同好会が参戦。
国内を代表する技術、とくと見よ。
と、このようにとんでもない技術集団が参戦してきた。
日本トップの学生が、深海探査艇を作る町工場が、世界的大企業が、全力で食パンを飛ばそうとしているのだ。
こんなの、見逃すわけにはいかないだろう。
トースター高飛び
まずは第一競技。
トースター高飛びのルールはシンプル。
・資金は5万円以内
・おいしく焼くこと
この二つだけ。
特に「おいしく焼くこと」というのは一見ふざけたルールに見えるが、後にこれが重要な意味を持ってくる。
東大の場合
まずは東大の挑戦から。
この画像をご覧いただきたい。
これ、なんだか分かるだろうか。
トースターである。
その名も「投星(とおすたあ)」。
東大は、バネで飛ばすのではなく遠心力で投擲する、という決断をした。
トースターのタイマーが作動し、パンが焼く上がると同時にトースターは真っ二つに割れる。
そして中から出てきた食パンは、この長いアームによって大きな遠心力を受ける。
そのパワーをタイミングよく上に放つことで、高さを出そうという狙いだ。
パンを飛ばすのではなく、投げ上げるというのはまさしくコペルニクス的転回だ。
しかし一回目の試技では、放つタイミングが遅れ食パンを地面にたたきつけるというショッキングな映像が完成してしまった。
当然、記録は無し。
このパンを放つタイミングというのはセンサーによる運動の検知、そしてそれを元にしたプログラミングで制御されている。
二回目の試技までの僅かな時間でできる調整は限られる。
頭脳と行動力を武器に戦う東大。
エリート大学生が選んだ最後の調整は「勘」だった。
ほんの僅かだけ、投擲の設定を早める。
早める時間も全て勘と自分を信じて決めた修正。
データでも計算でもなく、自分を信じて行った調整は果たして上手くいったのだろうか・・・?
※これはトースターでパンを飛ばす話です。
②浜野製作所の場合
あらゆる難題に応えてきた町工場といえど、食パンを飛ばすという課題は経験がない。
まずプロジェクト立ち上げの段階で、社長が発言する。
「バネを強くするって話じゃないよね」
やはりそもそもパンを飛ばす機構から練り直すようだ。
選んだのは、倉庫に眠っていたというキックボードのローラー。
だいたいこんな感じのもの。
これを二つ高速回転させて、間にパンを挟み空高く打ち出すという仕組みとなる。
しかし試作機では
・バッテリーがオーバーパワーで溶ける
・ローラーに付けた、パンを守るスポンジが吹っ飛ぶ
といった多くのトラブルに見舞われる。
バッテリーが溶けてしまうほどのパワー。
それに耐え得る、あるいは更に出力を上げても使える素材を探し辿り着いた答え。
それはオールステンレスのローラーだった。
そして車用のバッテリーと電動ドリルのモーターを使用。
尋常ではない速度で回転しても一切ブレず均等に、ステンレスローラーは高速で回る。
寸分の狂い偏り無く、真円を作り上げた技術力がなせる技だ。
左右のローラーに、同時に食パンを噛ませなくては成功しないため精密さも要求される。
※食パンを飛ばすための努力です。
そして完成したものがこちら。
その名も「ゴースター」。
BGMはゴーストバスターズでした。笑うわ。
一回目の試技では、轟音で唸りを上げるマシンから遙か高くへ食パンが打ち出されたが衝撃に耐えられず千切れてしまった。
先ほどご紹介した「おいしく焼くこと」というルールに抵触したという判定でまさかの失格に。
原因は、開発環境よりも遙かに低い気温が影響しパンが生焼けだったこと。
もっと焼けば衝撃に耐えて飛んでくれるはず。
そう考え、修正を施す浜野製作所。
焼き加減という僅かな修正だけで本当に成功にたどり着けるのだろうか・・・?
TOYOTAの場合
TOYOTAは、浜野製作所の失敗を見た途端に現場でプログラムの書き換えを始めた。
※繰り返しますがトースターの話です。
「もうちょっと焼かないと美味しくないかなって」
(強度が下がると失格になるので)というのはご愛敬。
TOYOTAのチームは前述したように、社内の同好会で挑んでいる。
彼らのスタートは、あらゆるアイディアを出すブレインストーミングからだった。
出てきたアイディアとして
・大量に強力な電磁石を使用するレールガン方式
・竜巻を起こして舞わせる
・小型ロケットに括り付ける
※トースターの設計の話です
という突拍子もないアイディアが続々と出てきた。
だが、様々な試作機の運用の結果から最も安定して飛ばすことができるローラー使用を選択する。
浜野製作所と異なる部分は、ローラーを4つ設置し二段階の加速を与える点だ。
当然、機構の精密さが要求されるがそこはTOYOTAの技術力で乗り越えていく。
そして生み出されたのがこいつ。
その名も「地獄のローラー」。
なぜみんなネーミングセンスだけ壊滅的なのか・・・
一回目の試技では、安定感が功を奏し唯一の成功。
現時点での世界新記録を打ち出した。
だがTOYOTAはなんと、二台目のマシンも制作していた。
自分たちの記録が塗り替えられたときに備え、全く違った機構を用意してきた。
別機構を備えとして作るあたり、大企業の確かなプランニングがうかがえる。
運ばれてきたのは、巨大なぱちんこ装置。
極太のゴムを巻き、はんだで溶かして切るという。
ここにきて最も原始的な方法に踏み込んだTOYOTA。
果たして、この二台目は一台目を上回れるのか?
そしてライバルをねじ伏せることが出来るのか・・・?
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個人的な見所
ここからは個人的に抱いた面白かった点。
予想を遙かに超える改造
まず筆者は、トースター高飛びというキーワードを見たときに
「どれぐらいバネを強くするのだろうか」
というような発想をしていた。
製品に備えられている機構を強化することしか予想できなかったのだ。
しかし参加したチームすべてが、飛ばす機構そのものを練り直してきた。
このスタート地点の違いに筆者は驚かされた。
例えば東大の採用した「投げる」という方式。
TOYOTAの社員も、「我々も一度は考えた」と発言しているように様々な方式を全チームが検討していることがうかがえる。
課題設定を
「トースターの飛距離を伸ばす」ではなく、
「より高くパンを飛ばす方法」と設定したところにド素人の筆者は感銘を受けた。
全力でふざけるNHK
この番組を通して、NHKは本気でふざけている。
先ほどの「投星」が回転し始めた瞬間に円広志の「夢想花」が流れたり。
ナレーターに、かつて改造人間と呼んでいいであろう攻殻機動隊の主人公の声優を務めた田中敦子を起用していたり。
ローラーが回る瞬間に西城秀樹の「ローラ」を流したり。
そもそも撮影にスタジオではなく大型倉庫を貸し切ったり。
この「魔改造の夜」のコンセプトの一つにおそらくだが、「秘密結社的な雰囲気」を作ろうという狙いがある。
だからこそ各チームも「T大」「H野製作所」「T社」と伏せ字にしている。
それに合わせた様々な演出も含めて、お楽しみいただきたい。
企業と大学の違い
この番組には、二つの企業と一つの大学が出演している。
この企業と大学という立場からか、取り組み方や考え方に差が出たのが非常に興味深かった。
東大の開発した「投星」は、成功さえすれば驚異的な高さが望めるが多くの問題点を抱える。
打ち上げるのではなく放る、という発想は閃きに近い突出したものだが難易度が非常に高いのだ。
真上でなく斜めに投げてしまえば高さは稼げない。
実際、一度目の試技では下方向へ投げ記録無しとなっている。
この問題に対して、東大はとにかく試行の量を増やすという取り組み方をしていた。
何度もテストを繰り返し、微調整をしていく。
一つのやり方を徹底するのは学生らしく、良くも悪くも愚直なのかもしれない。
それに対し二つの企業は、課題解決へのアプローチが変わっていた。
どちらも何かしらの問題にぶつかるたびに、いくつかのアプローチを検討し適宜テストしていくというスタイル。
もちろん編集後の映像しか見れないため、制作側の作為的な部分も大いにあるだろう。
だが、このスタイルの違いは大いにあり得る話だとも思おう。
浜野製作所の取り組むメンバー
町工場、浜野製作所。
彼らのメンバーは若手とインターンだった。
社長の発言に、
「必ず成長へ繋がる取り組みだ」
というものがあった。筆者はこれに首が取れる勢いで頷いていた。
テーマ自体は荒唐無稽で下らないものだ。
しかし技術の発展とプロジェクト進行のイロハは、壁にぶつかってこそ学べる。
今回の課題で言えば、
「破損しやすいものを壊さずに高く飛ばす」
という抽出の仕方が出来る。
これと対峙したときに、
・どう飛ばすのか
・出力はどこまで上げられるのか
・上げたときに新たな問題は生まれるか
・望める最高記録と成功確率のバランス
といった様々な課題に直面することとなる。
これ、実際に商売として行うプロジェクトと大差ないのではないかと思った。
顧客からもらった問題に対して、解決方法を様々な角度から検討する。
そこで生まれる制約をクリアするために、新たな発想や技術が生み出されるのだ。
技術屋とはただ技術が高いだけでは成り立たない。
技術をどのように用いることで問題を解決するのかは発想の問題だ。
もちろん発想が出来ても実現する技術が無くては話にならない。
その両輪の回し方を社として熟知しているからこそ、社長は成長を確信して全面バックアップをしたのだと思う。
そこには根性論でも精神論でもない、確かな成長の手法が根付いていた。
実はもう一種目・・・
ここまででなんと5000文字近く書いている。
しかし、これは一競技にすぎず、「ワンちゃん25m走」は一文字も書けていない。
思い入れが強いため、この番組を見てほしいという意図も込めて、こちらのことは書かなくてもいいかなと考えた。
もちろんトースター高飛びの結末も書いていない。
おそらく、NHKオンデマンドなどで見ることが出来るだろう。
この番組、見逃したら絶対損する。
是非ともご覧いただきたい。
ワンちゃん25m走では顔だけ残せばOKというルールに基づき、とんでもないキメラが生み出された。
かわいい顔したえげつないキメラたちの爆走レース。
見たいでしょ?
そしてNHKさん、半年に一度とかでもいいので継続してください。
最高の番組でした。
次回を楽しみに待ってます。
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